ここでは、諸葛亮伝の他、馬良伝と王平伝を上げています。馬良伝を挙げたのは、馬良伝の中にその弟の馬謖伝が入っているからです。その馬良伝さえも、董劉馬陳董呂伝第九という合伝の中の一つです。王平伝も黄李呂馬王張伝第十三の中の一つです。
諸葛亮、馬謖、王平が関わるのは、“孔明涙を揮(フル)って馬謖を斬る”で有名な街亭の戦いです。諸葛亮は南方を征伐したあとで、いよいよ宿敵魏と対決することになります。有名な出師の表を出し、大軍を率いて出陣します。
その出鼻をくじかれたのがこの街亭の戦です。
諸葛亮伝の記述は次の通りです。
「亮使馬謖督諸軍在前、與郃戰于街亭。謖、違亮節度、舉動失宜、大爲郃所破。」
井波律子さんの訳では“諸葛亮は馬謖に諸軍を指揮させて先鋒とし、張郃と街亭で戦わせたが、馬謖は諸葛亮の指示にそむき、行動は妥当性を欠き、張郃に大敗した。”となっております。
馬謖は諸葛亮の指示(中身は不明です。)に背いて、その上よろしからざる行動(これも内容不明)をして大敗、ということです。ここでは事情はあまりよくわかりません。
さらにこのあと「戮謖、以謝衆」とありますから、馬謖を死刑にしてみんなに謝罪した、ということになります。
馬良伝の中の馬謖伝の部分では以下の通りです。
「而亮違衆、拔謖、統大衆在前、與魏將張郃戰于街亭。爲郃所破、士卒離散。......謖、下獄物故、亮爲之流涕。」
井波さんの訳では“諸葛亮は人々の意見に反して馬謖を抜擢して先鋒とし、大軍をひきいて前方にやり、魏の将軍張郃と街亭で戦わせたが、張郃によってうち破られ、軍兵は散り散りになった。……馬謖は投獄されて死に、諸葛亮は彼のために涙を流した。”となっています。
諸葛亮はみんなの意見を無視して馬謖を抜擢して使ったら大敗してしまった、ということになります。馬謖についてはただ大敗したことしかわかりません。
王平伝では
「屬參軍馬謖先鋒。謖、舍水上山、舉措煩擾。平、連規諫謖、謖不能用、大敗於街亭。」
井波さんの訳は次の通りです。“参軍馬謖の先鋒に所属した。馬謖は水路を捨てて山に上って陣を構え、指示することは煩雑をきわめた。王平は何度も馬謖を諌めたけれど、馬謖は取り上げず、街亭で大敗を喫することになった。”
なお、王平伝によれば責任を取らされて斬られたのは馬謖だけではなく、張休、李盛の二将軍も処刑されています。
ここでは山で水の確保が難しいのに、それを見捨てて山に上がってしまい、水を断たれて包囲されたことが覗えます。指示が煩雑だというのは、形式や修辞にこだわったか、馬謖の頭が整理されていなくて、部下が何をどうして欲しいか分かりにくい指示を出していたのでしょうか。
全体をもう一度纏めると、次のようになります。
(1)馬謖伝によれば、諸葛亮は他の人の意見を退けて馬謖を抜擢して先鋒にした。
(2)諸葛亮伝によれば、馬謖は諸葛亮のアドバイス(内容は不明です)にたがうことをし、行動も適正を欠いて(これの内容も不明)大敗した。
(3)王平伝でようやく馬謖の失態の内容が出てきます。馬謖は、水の確保を無視して山の上に陣取った。また指示が煩雑で(おそらくは)部下がどうして貰いたいのかわからなかった。王平は、王平伝によれば教養はなくて、字も十字足らずしか知らなかったのですが実戦を知っていました。経験豊富な彼からみれば馬謖の布陣は危険であり、また知識教養に乏しい彼からみれば馬謖の指示はわけのわからないものだったのでしょう。その忠告を無視してしまったのです。馬謖は王平のような無教養な人を馬鹿にしていたのかも知れません。
私は馬謖が諸葛亮が南蛮征伐に出た時に、従軍したのかと思っていました。
それは諸葛亮が馬謖に意見を求めたのに対して馬謖が、”南蛮人は叛服常ないもので、今日これを破っても、明日はまた叛きます。根本的な解決をしようと全滅させるのは仁の道に反するし、これも容易でありません。城を攻めるのではなく、心を攻め、心を屈服させるのがよろしいです。”という回答をしたというのを読んだことがあるからです。
こういう回答は諸葛亮の心に適うものだし、頭のよい回答に見えます。
しかし実際は、南蛮征伐にあたって馬謖は諸葛亮を数十里の間みおくっただけでした。とすれば、馬謖がいかに諸葛亮の心に適うことを言っていたとしても、実戦で苦労したことがないことになります。
身の周りにいて、政治や軍事についても適切なことを言っていた人間を信用して、抜擢してみたらうまくいかなかったのです。この点は神様でない諸葛亮でも見損じをしたというべきなのでしょう。
馬謖を斬るのを責任逃れのように言う人もいますが、昔の中国で敗軍の将を斬ることはそんなに珍しい話でなく殊更責任逃れと言い立てるほどのことはないと思います。むしろ可愛がっていた馬謖についても情に流されて庇ったりせず筋をとおして斬ることの方が人々を納得させるのではないでしょうか。
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